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『イワン雷帝』を観て。

ソ連映画 1940年代の映画 1950年代の映画

名前をちょくちょく聞いていた映画。エイゼンシュテインの映画である。彼の映画は『戦艦ポチョムキン』だけを観たことがある。モンタージュ理論で有名な人だ。ただ彼の論文を読んだことはない。この際だから書きながらちょっと勉強してみる。『<逆引き>世界映画史!』のエイゼンシュティンのページをパラパラ。

 気になる点をいくつか。

エイゼンシュティンは二〇年代のロシアで集中的に理論化が推し進められた編集技法「モンタージュ」の確立に最大の貢献を果たし、彼の業績は映画史の隅々にまで浸透している。

理論化っつーのは、目の前で揺蕩んでいる諸現象に規則性を見出してカチッと固定させること、みたいな理解をしている。20年代以前僕たちが現在モンタージュと名指している現象を含む映画はたくさんあったはずだから、それらを理論化するのに最も貢献した人なんだね。

映画理論の重要論文「アトラクションのモンタージュ」(23)で彼はまず観客の反応を物語の筋立てではなく、表現形式との関係から捉え直す。そして情緒的刺激を与えるべく計画的にショットを配置することで観客の心理を引き付け、彼らの中に監督自ら意図した思想や観念を直接創造できると考えた。

内容としての物語と、その内容を伝える形式としてのモンタージュ。この2つの要素があり、後者と「観客の反応」の関係を研究したと。んで、興味深いのは、モンタージュを駆使すれば観客「の中に監督自ら意図した思想や観念を直接創造できると考えた」こと。つまり、洗脳みたいな話。彼がどこまで政治的な意図があって映画を撮っていたかは分からないけど、僕が観た『戦艦ポチョムキン』と『イワン雷帝』はどちらも実話ベースの物語だから、ソ連のナショナル・アイデンティティーに強く影響を与えうる。どうしてもプロパガンダという単語を思い浮かべてしまう。物語の内容においても、『戦艦ポチョムキン』では虐げれている水兵、『イワン雷帝』ではイヴァン4世をそれぞれ肯定してる勧善懲悪の内容である。物語を勧善懲悪にすることで、鑑賞者が共感する対象をぶれさせなくすることができるだろう。

また「音」もモンタージュを構成する重要な要素であり、それは「垂直のモンタージュ」に最もよく表れている。

「垂直のモンタージュ」というのは用語なのか、論文なのか分からないけど、要チェック!


 んで、『イワン雷帝』について。

 まあプロットについては面白くなかった。史実を知っていれば「史実」とその表現方法や、「史実」と『イワン雷帝』の物語との差異に目を向けられたのだけど、いかんせん無知。

 しかし興味深かった点はいくつかある。ショットとショットの移り変わりは激しいのだが、ショット内の動きは乏しかった。全体的に動きがゆっくり。何かの動きが素早くなれば、同じショットに映っている他の物体は動かない。もしかしたら、これはエイゼンシュテインの戦略なのかもしれない。というのは、基本的に人間は動くものに目を奪われるので、同一ショット内に動いているものが1つならば、無意識的にそれを目で追ってしまう。多様な見方を許さない作りにあえてしているのかもしれない。

 あと、睨みや強面が映る映像が多かった。その際のクローズアップ?も印象的。 f:id:araia88:20161229220124p:plainf:id:araia88:20161229220130p:plain

 こんな感じで。

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